ANSI C/C++辞典

 本辞典は平成元年(1989年)10月に刊行した『ANSI C言語辞典』(ANSI C language dictionary;ACD)の拡大発展版である。平成元年当時はC言語の規格案は決定していたものの、ANSI C(アンシ シー)と言われる米国規格 ANSI X3.159-1989(1989年12月14日認可、現 ANSI/ISO 9899:1990[1992])自体が発行されておらず、ISO C(アイエスオー シー)と言われる国際規格 ISO/IEC 9899:1990(1990年12月15日発行)は番号は不明、JIS C(ジス シー)と言われる日本工業規格 JIS X 3010-1993(平成5年(1993年)10月1日制定)に至っては作られるのかも不明という状況であった。
 まして C++(シープラスプラス)の規格など夢のまた夢で、C の次に主力になる言語が C++ になるのかさえも不確かであった。その C++ も規格化作業が進んでいる。日本語による規格書である JIS X 3010 の用語と『ANSI C言語辞典』のずれも放置しておけなく、ここに新たな辞典、『ANSI C/C++辞典』(ANSI C/C++ DICTIONARY)を上梓するに至った。
 C言語の用語を全面的に見直し、これに C++ の用語を加えた。さらに、C/C++ 以外のプログラミング用語、コンピューター用語も補強した。これは数多く発行されているコンピューター関係の用語辞典は、過去に発行されたものは内容が古く、新しく発行されたものはプログラミングという観点からすると情報が不足していることもあるからである。もうひとつはここでプログラミングという人類の財産を今まとめておかなければその歴史が失われてしまう危惧があるからである。
米国規格、日本工業規格の用語の明確化をするため、ANSI X 3.159(ANSI/ISO 9899)用語にANSI C、JIS X 3010 にJIC C記号を付けた。これにより、JIS では「呼出」というのか、「呼出し」というのか、「呼び出し」というのかといった問題も解決できるようになった。
 C言語と C++ が異なる事項は並列併記し、その違いを明確にしているので、本辞典は C から C++ への移行に最適なものとなった。本辞典は C/C++を中心とした総合プログラミング辞典であるが、単なる用語辞典に留まらず、同意語辞典, 対義語辞典, 語源辞典, 英和辞典, 和英辞典, 発音辞典, アルゴリズム辞典, プログラム辞典, 活用辞典を兼ね備えている。
 用語の対応英語については、カナのルビを振り、原音を示している。これにより、専門辞典にありがちな書いてあっても読めない英語という状況からの脱却が可能になる。いわゆる日本式英語とのずれが顕著なものは〈発音注意〉という表示を与えた。コンピューター英語の学習にも役立つ内容となっている。
 プログラムの実行結果はもとより、ライブラリ関数の関数定義、プログラムの翻訳結果であるアセンブリ言語リストも掲載した。プログラミングの際に特に注意を要するものは落とし穴として説明した。規格は必ずしも明確なものでなく、解釈が難しいものは規格の疑問点として詳しく解説した。
 収録項目は『ANSI C言語辞典』の 1800項目から 3600項目と倍に増え、もはや機能別の``事典"では対応できないものになっている。プログラミング言語における辞典の役目が一層増したと言えるだろう。
 本辞典は TeX(テフ)というコンピューター組版言語システムを使用し、執筆から版下作成まで筆者が一人でこなした。筆者と TeX の関わりは平成4年(1992年)11月に刊行した『C言語による最新プログラム事典』(技術評論社)からであるが、本格的に取り込んだのは今回が初めである。
 ところで、TeX やこれを若干使いやすくした LaTeX(ラテック)というマクロ言語はお世辞にも可読性が良いものではない。改行は 2つ必要で間違えが多く、箇条書は繁雑であり、特に表組に至ってはおよそ表とは別物を記述しなければならない。さらに、TeX は もともと Pascal で作られたシステムのためか、C/C++ との相性が悪く、C/C++ 必須の \, %, &, {, } を多用するのは最悪であった(Pascal では{}は注釈に使うから相性は良かったのであろう)。結果として、本辞典のような複雑な本はほとんど\{}だらけの文章になってしまうのである。
 原稿執筆時に読めないのでは困るので、読める形で執筆できるシステムを作ることにした。具体的には読める形で書かれたテキスト原稿を、TeX/LaTeXのコードに変換する辞典執筆システムであり、C/C++ で作成した。同時に用語(見出語)の配列順位をチェックするシステムなども作成し、本辞典は C/C++ と TeX/LaTeX の互いに得意な所をフルに生かし、執筆したことになる。
 これらのシステムの作成には『C言語による最新プログラム事典』(特に第4巻)に掲載した関数が非常に役立った。新たに作成した強力な関数もあり、これらは今後何らかの形で発表したい。
 本辞典の出版にあたっては、古くから辞典づくりに従わっておられる坂野一寿氏をはじめとする共立出版編集部の方々に様々な場面で大変お世話になった。
 また、この14冊目の著書は家族の協力も大きかった。婚約者(里美)には TeX による図面やイラスト、挿絵をお願いした。英語の発音など筆者の相談にも良く乗ってくれた。長年、日本画をやっている母(佳子)にはやはり挿絵を描いてもらった。デバッグの項目に昆虫標本の写真があるが、それは父(達夫)の青春時代の宝物を写したものである。


 平成7年(1995年)12月12日

Hirabayashi Masahide
平林 雅英   



※本書の版下は著者自身が日本語 LaTeX で組版し、(株)加藤文明社が面付フィルム化したものです。